AIで、仕事の重さが少し変わった話

AIで、仕事の重さが少し変わった話のアイキャッチ画像 AIと仕事

仕事をしていると、
「作業そのもの」よりも、
その前後にある負担が重く感じることがあります。

考えをまとめる前段階。
言葉にするまでの逡巡。
伝え方を何度も組み直す時間。

本来は思考や判断に使いたいエネルギーが、
整形や下書きの段階で削られていく。
そんな感覚が、以前からありました。


AIは、仕事を変えるというより「軽くする」

生成AIを使い始めて強く感じたのは、
仕事の中身が劇的に変わったというより、
仕事の“重さ”が少し変わったということです。

成果が急に出たわけでも、
働く時間が一気に減ったわけでもありません。
ただ、毎日の中で、
「引っかかっていた重り」がいくつか外れた感覚がありました。


文章を書く負担が、劇的に減った

一番は、文章を書く場面です。

問い合わせ対応。
社内外へのメール。
日報や報告書。
プレゼン資料の下書き。

どれも難しいことを書いているわけではないのに、
いざ書こうとすると手が止まる。
言い回しを考え、
角が立たないか気にし、
何度も書き直す。

生成AIに下書きを任せるようになってから、
この「立ち上がりの重さ」が明らかに減りました。

自分の代わりに完成させてもらう、という感覚ではありません。
思考を外に一度出すための器として使っている感覚に近いです。

荒い考えを投げると、
一応の形になって返ってくる。
そこから削り、直し、自分の言葉に戻す。

この往復があるだけで、
文章を書くことへの心理的な抵抗が下がりました。


日報や報告書は「まとめる前」に使う

日報や報告書でも、
使い方は似ています。

完成形を求めるのではなく、
箇条書きや断片的なメモを投げて、
構造だけを整理してもらう。

自分では頭の中に散らばっている出来事を、
時間軸や項目ごとに並べ直してくれる。
それを見ると、
「今日はこれだけやっていたのか」と把握できる。

その状態でNotionに移し、
必要な部分だけ手を入れる。

考えることと、整えることを分けられたのは、
想像以上に楽でした。


プレゼン資料は「叩き台」で十分だった

プレゼン資料も同じです。

最初から完成度を求めると、
構成で止まり、
言葉で止まり、
デザイン以前に疲れてしまう。

AIに任せるのは、
あくまで流れと要点だけ。

多少ズレていても構わない。
むしろズレているから、
自分の考えがはっきりすることもあります。

「これは違う」
「ここはもう少し抑えたい」

その判断をするための材料として、
十分役に立ちました。


どのAIが優れているかは、あまり重要ではなかった

文章生成では、ChatGPT、Gemini、Claudeなど。
画像生成なら、Adobe FireflyやStable Diffusion、Midjourney。
選択肢が多い分、
「どれを使うのが正解なのか」と迷いやすい。

実際には、
ChatGPTとGeminiを並行して使ってみて、
自分にはChatGPTのほうが、文章まわりの感触がしっくりきました。
それだけの理由で、いまはChatGPTをメインにしています。

画像、文章、音声、動画。
生成AIごとに、得意な領域ははっきり違う。
その特徴を知ったうえで、
用途に合わせて使い分ければいい。
そう考えるようになってから、
「最適な一つを探す」ことに、
あまり時間を使わなくなりました。


導入前に整理しておいてよかったこと

一方で、
AIを使い始める前に整理しておいてよかった点もあります。

何を自分が考えたいのか。
どこを軽くしたいのか。
自分でやりたいものは何か。

ここが曖昧だと、
AIに振り回されやすい。

AIは判断を肩代わりしてくれる存在ではない。
この前提を持てたことは、
使い続ける上で大きかったように思います。


仕事が楽になった、というより

正直に言うと、
仕事が「楽」になったわけではありません。

責任が減ったわけでも、
忙しさが消えたわけでもない。

ただ、
考える前に消耗する場面が減った。
その分、
考えることに使える余白が少し戻ってきた。

それだけで、
仕事の手触りは変わりました。


まだ途中の記録として

この使い方が正解かどうかは、
今も分かりません。

AIも進化し続けていますし、
自分の仕事の形も変わっていくでしょう。

ただ、
「特別なもの」として構えすぎず、
日々の負担を少し軽くする道具として使う。

その距離感で続けられている今は、
悪くない状態だと感じています。

今日もまた、
完全ではない下書きをAIに投げながら、
少しずつ整えていく。

この記録も、
その延長線上にあります。