焦って決めた選択ほど、あとで重く残る

01 | 働き方とキャリア

小さな違和感から

忙しさの中にいると、
考える前に決めてしまう瞬間が増えていく。

朝から予定が詰まっていて、
通知が鳴り続けて、
周りの動きがやけに速く見えるとき。

「今、決めないと遅れる気がする」

そんな感覚に背中を押されて、
選択肢を十分に眺めないまま、
答えを出してしまうことがある。

あとから振り返ると、
その選択自体が間違っていたとは言い切れないのに、
なぜか心の奥に、重たいものだけが残っている。

最近、そんな感覚が何度か続いた。

この記事を書くに至った背景

この記事を書こうと思ったのは、
過去の自分の選択を責めたかったからではない。

むしろ、
「あのときの自分は、なぜあんなに急いでいたんだろう」
と、少し距離を取って眺めてみたくなった。

転職を考えたときも、
同じような感覚があった。

条件、年収、勤務地、肩書き。
比較できる情報はいくらでもあって、
判断材料は十分すぎるほど揃っていた。

それなのに、
最後の一押しになったのは、
納得というより、焦りに近い感情だった気がしている。

「ここで決めなかったら、
また振り出しに戻るかもしれない」

「周りはもう次に進んでいる」

そんな思いが、
頭の中を占領していた。

焦りによる意思決定というもの

焦りが強いとき、
選択は「選ぶ」というより、
「迷いから逃げる」行為に近くなる。

考え続けることがしんどくて、
決められない自分に疲れて、
一つの答えに飛びついてしまう。

その瞬間は、
確かに少し楽になる。

決まった、という事実が、
不安を一時的に静めてくれるから。

でも時間が経つと、
別の感情が顔を出す。

「本当に、これでよかったのか」
「もっと別の選び方があったんじゃないか」

その問いは、
選択の正しさというより、
決めたときの自分の状態に向いている気がしている。

選択との距離を少しだけ離してみて

ここで書いているのは、
特別な考え方の話ではない。

僕がやったのは、
とても単純なことだった。

何かを決めなければならないとき、
条件や数字を並べた画面から、
いったん目を離す。

その場で結論を出そうとしない。
「今日は決めなくていい」と、
心の中で言ってみる。

それだけで、
頭の中に張りついていた緊張が、
少し緩む。

条件を見続けていると、
「損しないか」
「遅れていないか」
そんな考えばかりが膨らんでいく。

でも、画面を閉じて少し時間を空けると、
別の問いが浮かんでくる。

「この選択をしたあと、
 平日の夜、僕はどんな気持ちで帰っているだろう」

「これは、本当に必要だから考えているのか。
 それとも、今の不安を早く終わらせたいだけなのか」

そう考えられるようになったとき、
選ばなかった選択肢に対しても、
嫌な感情が残らなくなった。

あれも、これも、
その時点では自分なりに必死だった。
そう受け止められるようになった気がしている。

生活や仕事に起きた小さな変化

すぐに決めない、という姿勢を持つようになってから、
生活が大きく変わったわけではない。

仕事が急に楽になったわけでもないし、
迷いが消えたわけでもない。

ただ、
決めたあとに残る感覚が、
以前とは少し違ってきた。

「急いで決めてしまった」という後味が、
減ってきた。

迷いながら選んだとしても、
その迷いごと引き受けた感じが残る。

それだけで、
選択が少し軽くなる。

過去の経験と照らし合わせて

条件を重視して選んだ転職も、
結果だけを見れば、
間違いだったとは言い切れない。

得たものも、確かにあった。

でも、
あのときの自分は、
「納得」より「焦燥」に近い場所にいた。

今になって思うのは、
選択の良し悪しよりも、
どんな気持ちで選んだかが、
後々まで影響するということだ。

焦って選んだものは、
あとから何度も、
選び直している感覚が残る。

この先にありそうな未来

これからも、
迷う場面はなくならないと思う。

むしろ、
年齢を重ねるほど、
選択は増えていく気がしている。

その中で、
すべてをうまく選ぼうとしなくてもいい。

焦りに気づけたなら、
一度立ち止まれたなら、
それだけで十分なときもある。

変わらなくてもいい。
決めなくてもいい。
今すぐ答えを出さなくてもいい。

そう思える選択が、
少しずつ増えていけば、
未来は、そこまで重たいものにはならないかもしれない。

結論の代わりに

焦って決めた選択が、
すべて悪いわけではない。

ただ、
その選択が今も重く残っているなら、
選び直す必要があるのは、
答えではなく、
選び方なのかもしれない。

この文章が、
何かを決めるきっかけにならなくてもいい。

読み終えたあと、
少し呼吸が整って、
「今はこのままでも大丈夫かもしれない」
そんな余韻が残れば、それでいい。

答えは、
急がなくても、
またどこかで、静かに姿を見せるはずだから。