うまくいっている施策ほど、手放しにくい

うまくいっている施策ほど、手放しにくいのアイキャッチ画像 03 | EC・デジタル活用

古いフォルダを開いた夜

ある夜、古いプロジェクトフォルダを整理していたときのこと。
デスクトップの隅に、長く開いていないフォルダがあった。

クリックすると、当時のランディングページの構成案が、日付順に並んでいた。

2019年。
2020年。
2021年。

ファイル名には「最終版」と書かれている。
でも、その最終版が年ごとに何個もある

最終だったはずのものが、
また書き直されている。

スクロールしていくと、そのなかに一つだけ、
やけに閲覧回数の多いファイルがあった。

あるキャンペーンの設計書だった。

春に走らせた施策で、
当時、数字がきれいに伸びた。

「この形でいこう」

チームでそう決めた記憶がある。

それから何度も、
似た構成を使ってきた。

季節が変わっても、
構造はほとんど同じだった。

ファイルを閉じて、
コーヒーを一口飲んだ。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。

気づけば、
一時間近くそのフォルダの中にいた。


成功体験は静かに残る

うまくいった経験は、
静かに居続ける。

声を上げるわけでもない。
主張するわけでもない。

ただ、

「これで結果が出た」

という事実が、
そこに残る。

その事実が、
少しずつ安心に変わる。

同じ棚から、
同じ道具を取り出すように。

自然と、
同じ手順を選ぶようになる。


自然になったとき、問いは消える

怖いのは、
その自然さかもしれない。

変えない理由を、
意識しなくなる。

「なぜ同じ方法を使っているのか」

その問いを、
だんだん持たなくなる。

問いを持たない状態を、
安定していると呼んでいるのかもしれない。


成功体験の罠は、罠に見えない

成功体験の罠、という言葉がある。

でも実際にその中にいるとき、
それは罠の形をしていない。

むしろ、
床がしっかりしているように感じる。

足元が安定している感覚。

そこに立っていることが、

「正しい選択をしている証拠」

のように見えてくる。


過去の自分の文字

ファイルをもう一度開いた。

当時のキャンペーン設計書には、
ターゲット像や訴求ポイントが、
几帳面な文字で書かれていた。

四年前の自分の文字だった。

当時、
正しいと思って書いた言葉たち。

それが、
今もそのまま残っている。


何が変わったのだろう

変わったのは何だろう、と思った。

市場か。
読者か。
商品か。

それとも、
自分の見ている景色か。

どこかが変わったとしても、
施策の形はそのままだった。

成功体験が重なるほど、
「変える理由」よりも
「変えない理由」の方が
言葉になりやすくなる。


手放すと、何が残るのか

もし手放したら、と考えたとき、
しばらく答えが出なかった。

何が残るのか、
というより、

何で自分を確認していたのか

そんな問いが、
静かに浮かんでくる感じがした。


積み上がるもの

続けていると、
数字が伸びる瞬間は一度きりではない。

ある施策。
その次の施策。

いくつかが、
きれいに数字を出すことがある。

でも、
積み上がるほどに、

崩したくない

という感覚も、
一緒に積み上がっていく。

それは臆病さでも、
怠慢でもないと思う。

何かが
「うまくいった」

その事実は、

記録であり、
検証結果であり、
ときに自信の源になる。

手放しにくいのは、
自然なことなのかもしれない。


古いフォルダの中にあったもの

変えることの話をしているのではない、と
自分でも思う。

変えるべきとも、
変えなくていいとも、
どちらも言えない。

ただ、
古いフォルダを開いたとき、

そこに
自分の時間の痕跡があった。

それを見ながら、
何かが少し、
静かに動いた気がした。


施策のファイルを閉じた。

デスクトップに戻ると、
やり残したままの過去のタスクが
まだそこにあるような気がした。

コーヒーは、
もうぬるくなっていた。