正解を探すのをやめたら、少し肩の荷が下りた話

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たしかな答えがあると思っていたころ

あれは、もうだいぶ前のことだった。

夜遅くまで残った帰り、
人気のないフロアで、給湯室の白い灯りだけがついていた。

紙コップのぬるくなったコーヒーを持ったまま、
僕は壁にもたれて、しばらく動けなかった。

手には、小さな付箋が一枚あった。
会議の途中で急いで書いた走り書きだった。

矢印。
数字。
短い言葉。

どの案を残すか。
どこを削るか。
どの順番が、いちばん正しいのか。

そのころの僕は、
何かを決めるたびに、少し息が浅くなっていた。

仕事そのものより、
選び方のほうに、ずっと力が入っていた気がする。

判断を間違えたくなかった。
選択ミスに見えるものを、できるだけ遠ざけたかった。

だから、よく比べていた。
似た案。
似た事例。
似た言葉。

誰かの見方が気になった。
他人の意見を集めれば、正解に近づける気がしていた。

けれど、集めれば集めるほど、
かえって輪郭が見えなくなる夜もあった。

付箋の上に残っていたもの

あの給湯室で付箋を見ていたとき、
ふと、そんな時間の長さが気になった。

決めるための時間より、
正解を探すための時間のほうが、
ずいぶん長くなっていたのかもしれない、と。

それが、この記事を書くことになったきっかけだった。

正解を探すのをやめたら、少し肩の荷が下りた話。
そんな言い方をすると、
何か大きな出来事があったようにも見える。

でも実際は、もっと静かなものだった。

小さく書かれた「仮」

手の中の付箋には、
候補が三つ並んでいた。

そのうちの一つにだけ、
丸でも線でもなく、
小さく「仮」と書いてあった。

たぶん、そのときの僕は、
それを最適解だと思っていなかった。

ただ、いったんそこに置いてみる。
そのくらいの気持ちだったのだと思う。

あとから見返して、
少し不思議だった。

あれほど正解主義に引っぱられていたはずなのに、
その紙の上には、
きれいな答えではなく、
途中のままの印が残っていたからだ。

正解主義が少しゆるんだ感覚

正しいかどうかより、
その場で持てる材料で、
いったん選んでいた。

あのころの自分は、
もっと硬くて、もっと慎重で、
もっと最適解に執着していたと思っていた。

けれど記憶の底には、
そうでもない手つきが残っていた。

そのことに気づいてから、
仕事の見え方が少しだけ変わった。

変わった、というより、
前ほど画面に近づきすぎなくなった、
と言ったほうが近いかもしれない。

売上の数字を見ても、
すぐに意味を決めつけなくなった。

データの揺れを見ても、
その日のうちに答えを出し切ろうとしなくなった。

判断の場面が多い仕事は、
たぶん、それだけで少し疲れる。

どれがいちばんいいか。
どれが外しにくいか。
どれなら責められにくいか。

そういうことを考え続けていると、
選ぶことそのものより、
構えている姿勢のほうが重くなる。

少し肩の荷が下りた、と感じたのは、
何かが解決したからではなかった。

全部に正解があるとは限らない、
と思う日が混じりはじめただけだった。

それだけで、
机に向かう時間の硬さが、
わずかにほどけたことがあった。

もっと前にも似た時間があった

それで思い出したのは、
もっと前の、別の現場のことだった。

数年前の会議室。
まだ使い慣れていない資料を前にして、
僕は何度もページをめくっていた。

この順番でいいのか。
この見せ方で合っているのか。
この数字の読み方は、ずれていないか。

確認したかった。
保証がほしかった。

けれど、いくら問い直しても、
最後に選ぶのは自分だった。

他人の意見が大きく見える夜

あの感覚は、
今思えば少し、
判断の場面が多い仕事の中で
誰かの言葉が急に大きく見えてしまう夜に、
近いものがあるのかもしれない。

正解主義に寄りかかりたくなるとき。
他人の意見が、急に大きく見えるとき。

自分の選び方より、
誰の言葉を採るかに心が傾く夜。

そういう時間は、
立場が違っても、
どこか似た顔をしている気がする。

この先も、また探しにいくのだと思う

この先もたぶん、
また正解を探しにいく日はある。

迷わなくなる、とは思わない。
ひとつの選択で軽くなる、とも言い切れない。

ただ、あの付箋の「仮」という字みたいに、
決めきらないまま置いておけるものが、
少し増えることはあるのかもしれない。

そうなったとき、
肩の力は、知らないうちに
少しだけ抜けているのかもしれない。

あの夜の給湯室のことを、
今でもたまに思い出す。

白い灯り。
冷めかけたコーヒー。
指先で折れそうだった小さな紙。

正解がなくてもいいのかも、
と、はっきり言えたわけではなかった。

でも、そう思いはじめる少し前の空気は、
たしかにあそこにあった気がする。