数字は、今日も動いていました。
売上も、広告の反応も、在庫の回転も。
EC運営者として見るべき指標は、一通り揃っている。
大きなトラブルはない。
問い合わせも落ち着いている。
「回っている」と言っていい状態です。
それなのに、
夜になってパソコンを閉じたあと、
なぜか気持ちだけが重いままでした。
仕事が終わった感覚がない、
というより、
終わっているはずなのに、
体のどこかがずっと緊張している。
そんな夜が、
少しずつ増えていました。
数字は管理できても、感覚は管理しづらい
ECの運営をしていると、
日常的に数字と向き合います。
売上。
CVR。
広告費。
在庫数。
数字は正直で、
確認すれば状況は分かる。
だからこそ、
「管理できている」という感覚も生まれやすい。
でも、
その一方で、
自分の中の感覚は
なかなか数値化できません。
疲れているのかどうか。
余裕があるのかどうか。
今の運営が、
長く続けられる形なのかどうか。
数字が安定しているほど、
そうした感覚は後回しになります。
「問題は起きていない」
その事実が、
違和感に蓋をしてしまう。
その状態が、
いつの間にか当たり前になっていました。
EC運営者が仕事を抱え込みやすい理由
ECの仕事は、
分業しているようで、
最後は一人に戻ってきやすい仕事です。
価格をどうするか。
広告をどう出すか。
在庫をどこまで持つか。
ページの表現をどうするか。
それぞれに、
正解はありません。
だから、
「最終判断」は
どうしても運営者に集まります。
仮に誰かに任せたとしても、
結果が数字として返ってくる以上、
責任からは逃れられない。
それが分かっているから、
自然とこう思ってしまう。
自分で確認した方が安心。
自分で判断した方が後悔が少ない。
特に夜になると、
この感覚は強くなります。
周囲が静まり、
集中できる時間帯。
「今なら一気に進められる」という気持ち。
気づけば、
確認も、修正も、判断も、
すべて自分の手元に集まっている。
それが長く続くと、
仕事量以上に、
判断の重さが積み上がっていきます。
この記事を書くに至った背景
この記事を書こうと思ったのは、
忙しさが限界に達したからではありません。
むしろ、
「まだ回っている」
そう言える状態だったからです。
売上が急落しているわけでもない。
施策が全部外れているわけでもない。
周囲から見れば、
特に問題はなさそうに見える。
それでも、
夜が深くなるほど、
同じ独り言が頭に浮かびました。
「この運営、全部を自分の腕力で回し続ける前提なのか」
今は回っている。
でも、このやり方を、
どこまで続けられるのか。
その問いが、
数字を見ても消えなかった。
だから、
一度立ち止まって、
言葉にしてみようと思いました。
答えを出すためではなく、
考えている途中の状態を、
そのまま残すために。
AIを、効率化ではなく「任せる前提の練習」として捉えた
AIについては、
ECの文脈でもよく目にします。
業務効率化。
自動化。
省力化。
正直なところ、
そうした言葉に、
少し距離を感じていました。
楽をしたいわけではない。
ただ、
判断を雑にしたくなかった。
でもあるとき、
別の捉え方が浮かびました。
AIを、
「作業を減らす道具」ではなく、
「任せる前提を練習する相手」として
見てみたらどうだろう、と。
誰かに丸ごと任せる前に、
一度、自分の外に出してみる。
判断材料を整える。
考えを言葉にする。
頭の中にあるものを、
一度、外に出す。
そのプロセス自体に、
意味がある気がしました。
AIを通じて起きた、いちばん大きな変化
使い始めて感じたのは、
作業が劇的に減った、
ということではありません。
スピードが倍になった、
という感覚でもない。
一番大きかったのは、
気持ちの置きどころが変わったことでした。
「これは、全部を自分の頭の中で
抱えなくてもいい」
そう思える領域が、
少しだけ増えた。
判断を即断しなくていい。
一度出して、
考え直してもいい。
その余地があるだけで、
心の中の緊張が、
わずかに緩みました。
EC運営において、
常に判断を迫られる状態は、
思っている以上に負荷が大きい。
その負荷の一部が、
分散された感覚がありました。
運営が軽くなったというより、距離が整った
仕事量が減ったわけではありません。
数字の責任が消えたわけでもない。
それでも、
夜の感覚は少し変わりました。
以前は、
「もう一息やらなければ」という
無意識の力みが、
常に残っていました。
今は、
「今日はここまででもいいかもしれない」
そう思える夜が、
少しずつ増えています。
運営が軽くなった、
というより、
運営との距離が整った。
常に張り詰めた状態から、
一段、力を抜いて見られるようになった。
その変化は、
とても静かです。
誰かに自慢するようなものでもない。
でも、自分の中では、
確かに違います。
過去の運営スタイルと、今が重なって見えた
振り返ると、
ECを立ち上げた初期にも、
似た状態がありました。
自分しか分からない。
自分しか決められない。
だから、
全部を自分でやるしかなかった。
あの頃は、
必死さが前提でした。
今は、
経験も積み、
仕組みも整っている。
それでも、
思考だけが、
当時の状態に引き戻される瞬間がある。
「全部やれる」
ことと、
「全部やる必要がある」
ことは、
違うかもしれない。
その当たり前のことを、
改めて考えるきっかけになりました。
この先にありそうな、EC運営の景色
これから先、
急に楽になるとは思っていません。
売上のプレッシャーも、
判断の責任も、
なくならない。
でも、
背負い方は変えられるかもしれない。
腕力だけで回す運営から、
支点を分ける運営へ。
全部を自分の中で完結させるのではなく、
外に出しながら整えていく。
その第一歩が、
「任せる前提を、自分の中で許すこと」
だったのかもしれません。
結論を出さず、ここで止まる
AIを使うかどうか。
誰かに任せるかどうか。
それ自体が、
正しいかどうかは分かりません。
ただ、
EC運営者として、
「全部を自分で回す前提」を
一度疑ってみる余地はある。
今日は、
その問いを言葉にしただけです。
呼吸が少し整えば、
それで十分。
この先をどう進むかは、
それぞれの判断に委ねたいと思います。
僕はまだ、
途中にいます。
補足として。
判断が頭の中で重なってきたとき、
「考える」ことそのものを、
一度自分の外に出したくなる瞬間があります。
書くほど整理はできていないけれど、
このまま抱え続けるのもしんどい。
そんな流れの中で、
話した内容がそのまま残るような記録の仕方も、
選択肢のひとつとして浮かぶかもしれません。
思考を整えるため、というより、
抱え込みすぎないための補助線として。
無理に使う必要はありません。
今すぐ何かを変えなくてもいい。
ただ、
「こういう距離の取り方もある」
と、視界の端に置いておく。
それくらいの関わり方で、
十分だと思います。



