朝、スマートフォンを手に取って、
無意識にSNSを開いてしまう。
通勤電車の中。
昼休みの合間。
寝る前の、ほんの数分。
画面には、
同世代の誰かの近況が流れてくる。
昇進した話。
新しい仕事を始めた話。
「やりがい」や「充実」を感じさせる言葉たち。
それを見た瞬間、
はっきりした言葉にならない違和感が、
胸の奥に残ることがありました。
羨ましい、というよりも、
少し焦るような。
自分だけが、取り残されているような感覚。
そんな感覚を、
なかったことにするのが、
だんだん難しくなってきた頃に、
この文章を書くことにしました。
比べているつもりは、なかった
正直に言うと、
僕はずっと「比べていないつもり」でした。
誰かより上に行きたい、
追い抜きたい、
そんな強い気持ちがあったわけではありません。
ただ、
周りの話を知っておいたほうがいい気がして。
置いていかれないように、
情報として見ていただけ。
そう思っていました。
でも、ある日、
SNSを閉じたあとに、
ふっと疲れが出ていることに気づいたんです。
何かをしたわけでもないのに、
少し消耗している感じ。
そのとき、
「比べていないつもり」だったけれど、
心のどこかでは、
ずっと自分を測っていたのかもしれない
と思いました。
この記事を書くに至った理由
このブログでは、
大きな答えを出したいわけでも、
誰かを導きたいわけでもありません。
僕自身が、
まだ途中にいて、
立ち止まりながら考えている最中です。
最近、
SNSを見る時間を少しだけ減らしました。
完全にやめたわけではありません。
必要な連絡や、
気になる人の投稿を見ることもあります。
ただ、
「なんとなく開く」時間を、
意識して減らしてみただけです。
それだけのことなのに、
心の中で、
小さな変化がありました。
その感覚を、
言葉にして残しておきたくて、
この記事を書いています。
比較から、少し距離を取ってみた
SNSを見る時間を減らした、と言っても、
劇的な変化があったわけではありません。
仕事が急に楽しくなったわけでも、
悩みが消えたわけでもない。
ただ、
一日の終わりに残る感覚が、
少しだけ違いました。
誰かの成果を見て、
自分の一日を評価することが減った。
「今日はこれでよかったのか」
と問い詰める回数が、
ほんの少し減った。
代わりに、
自分のペースで進んでいる感覚が、
わずかに戻ってきた気がします。
生活の中で起きた、ささやかな変化
以前は、
仕事が終わったあとも、
頭の中がざわついていました。
今日できたことより、
できなかったこと。
他の人と比べたときの、
自分の位置。
そんなことを考えながら、
気づけば時間だけが過ぎていく。
SNSとの距離を少し変えてからは、
夜の過ごし方が、
ほんの少し穏やかになりました。
すぐに答えを出そうとしなくなった。
「今日はここまでだった」
そう思える日が、
増えた気がします。
過去の自分を振り返って思うこと
振り返ってみると、
僕は昔から、
周りをよく見てきたほうだと思います。
真面目にやっている人。
器用に進んでいく人。
評価されている人。
そういう姿を見ることで、
自分の立ち位置を確認していたのかもしれません。
それ自体が悪いわけではない。
周囲から学べることも、
たくさんありました。
ただ、
見続けすぎると、
自分の感覚が薄れていく。
最近になって、
ようやくそのことに気づきました。
この先にありそうな未来
これからも、
比べてしまう瞬間は、
きっとなくならないと思います。
またSNSを見て、
気持ちが揺れる日もあるはずです。
それでも、
以前より少しだけ、
立ち止まれる気がしています。
無理に前向きにならなくてもいい。
大きく変わらなくてもいい。
自分の生活の中で、
息がしやすい場所を、
少しずつ探していく。
そんな未来が、
静かに続いていきそうな気がしています。
最後に、
これは答えでも、結論でもありません。
ただ、
僕自身が感じたことを、
そのまま書いただけです。
もし今、
周りと比べて少し苦しくなっているなら、
比べる対象から、
ほんの少し距離を取ってみる。
それが合うかどうかは、
人それぞれだと思います。
この文章を読み終えたあと、
「行動しなければ」ではなく、
「少し息がしやすくなったかも」
そう感じてもらえたなら、
それだけで十分です。



