仕事の合間、
ふと手が止まる瞬間があります。
やることは、まだ残っている。
次に何をすればいいかも、分かっている。
それなのに、少しだけ進めない。
以前の僕なら、
迷わず生成AIを開いていました。
考える前に整えてもらう。
言葉にする前に、形にしてもらう。
その中心にあったのが、ChatGPTでした。
この記事を書くに至った背景
この記事を書こうと思ったきっかけは、
生成AIを「うまく使えている」はずの日に感じた、
小さな違和感です。
ChatGPTを使えば、
文章の下書きも、構成整理も、
思考の言語化も、かなりの精度で助けてもらえます。
実際、
僕の仕事や日常では、
ChatGPTは欠かせない存在になっています。
それでも、
ある日ふと、
「自分は、どこまで考えただろう」
そんな感覚が残りました。
僕がChatGPTを使っている理由
先に正直に書いておくと、
僕はChatGPTを、とても信頼しています。
理由はシンプルで、
考えを否定せず、整理の相手になってくれるからです。
正解を押しつけてこない。
急かしてこない。
感情を評価しない。
思考が散らかっている状態でも、
そのまま投げても受け止めてくれる。
この性質は、
忙しい仕事の中では、とても助かります。
ChatGPTを使っている具体的なシチュエーション
僕がChatGPTを使う場面は、
主に次のようなときです。
- 考えが頭の中で渋滞しているとき
- 書きたいテーマはあるが、言葉にならないとき
- 自分の考えを、一度外に出して眺めたいとき
- 感情と論理が絡まって、整理できないとき
ChatGPTは、
「答えを出す装置」というより、
思考の壁打ち相手に近い存在です。
それでも「使わない日」を選んだ理由
そんなふうに頼っているからこそ、
あえて使わない日を選んでみました。
生成AIを否定したかったわけではありません。
距離を取り直したかっただけです。
使わないで書く文章は、
確かに遅い。
何度も書き直す。
途中で止まる。
でも、その分、
「どこで詰まっているか」が、
はっきり見えるようになりました。
生成AIを使わない時間で気づいたこと
生成AIを使わないと、
自分の曖昧さが、そのまま残ります。
分かったつもりでいた部分。
納得していなかった違和感。
言葉にできていなかった感情。
それらが、
そのまま机の上に広がる。
正直、少ししんどい。
でも、どこか安心する感覚もありました。
生成AIとの役割分担について
僕が主に使っている生成AIは、ChatGPTです。
理由ははっきりしています。
考える作業に、いちばん向いているからです。
文章を書く前の思考整理。
仕事で感じた違和感の言語化。
自分の中にある、まだ形になっていない考えを外に出す作業。
そういう場面では、
ChatGPT以上に相性のいい相手を、今のところ見つけられていません。
一方で、
バナー画像や簡単なビジュアルが必要なときなど、
「完成形」を求められる作業では、
別の生成AIを使うこともあります。
ただ、それは
考えるためではなく、仕上げるための選択です。
考える時間と、作る時間。
その役割がはっきり分かれているからこそ、
どの生成AIを使うか、あるいは使わないかが、自然に決まります。
仕事が軽くなった、というより
生成AIを使わない日を挟むようになってから、
仕事量が減ったわけではありません。
むしろ、
時間は少しかかるようになりました。
それでも、
終わったあとに残る感覚が違います。
「今日は、自分で考えた」
その実感が、静かに残る。
それだけで、
一日の重さが少し変わりました。
生成AIとの付き合い方について
生成AIは、
これからもっと自然に生活に入り込んでくると思います。
だからこそ、
使う・使わないを二択にしなくていい。
- 今日はChatGPTに頼る
- 今日は自分で考える
- 詰まったら、また戻る
その行き来ができること自体が、
自由なのだと思います。
この先に見えているもの
この先、
生成AIがなくなることは、たぶんありません。
でも、
自分の感覚まで任せなくていい。
そう思えるようになっただけで、
少し呼吸が整いました。
判断は、読んでくれたあなたへ
ChatGPTを使うのもいい。
使わない日があってもいい。
どちらが正しいかではなく、
どちらが今の自分に合っているか。
その判断を、
自分に委ねられたら。
それだけで、
今日が少し軽くなるかもしれません。
僕は、まだ途中です。
生成AIとも、
自分の思考とも、
距離を探しながら進んでいます。
この文章も、
その途中で残した、
ひとつの記録です。



