仕事の「抱え込み」が減ったきっかけ

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小さな違和感から

忙しさそのものには、慣れているつもりでした。
ECの現場で、数字も人も動いていて、止まる理由は見当たらない。
それでも、ある日ふと、呼吸が浅くなっていることに気づきました。

仕事は進んでいる。
でも、どこかでずっと緊張している。
全部、自分の頭の中に残ったままという感覚だけが、抜けない。

「守るために抱える必要は、もうないのかも」

そんな独り言が、心の奥で小さく響きました。

この記事を書くに至った背景

この感覚を言葉にしておきたくて、書いています。
何かを教えたいわけでも、解決策を示したいわけでもありません。

ただ、
同じ場所で立ち止まっている人が、きっといる気がした。

チームを預かる立場で、
仕事を手放すのが得意ではなくて、
気づけば、確認・判断・調整を自分で引き受けてしまう。

僕自身が、まさにその途中にいます。

役割分担を「考え直す」というより、「眺め直す」

役割分担の再設計、というと大げさですが、
実際に起きていたのは、もっと静かな変化でした。

「これは自分が見続けなくてもいいかもしれない」
「全部を把握していなくても、仕事は流れるかもしれない」

そう思える瞬間が、少しずつ増えた。

きっかけは、AIやツールでした。
ただし、便利さに期待したというより、
距離を取るための緩衝材として。

AIを補助役として迎えたときの感覚

AIを使い始めた、と言っても、
何かを任せ切ったわけではありません。

判断は、まだ僕のまま。
最終責任も、変わらない。

それでも、
議事の整理や、言葉の書き起こし、
一度頭の外に出してもいい工程が増えました。

「全部、自分で覚えていなくていい」

その事実が、
仕事の重さを少しだけ変えた気がしています。

生活と仕事に起きた、静かな変化

一番大きかったのは、
仕事のあとに残る疲れの質が変わったことでした。

以前は、
終わっても、頭の中で仕事が回り続けていた。

今は、
考えたことが、どこかに一度整理されている。

家に帰ってから、
仕事の続きをしている感覚が、少し薄れた。

軽くなった、というより、引きずらなくなった
そんな表現が近いかもしれません。

過去の自分と照らし合わせて見えたこと

昔は、
抱え込むことが責任だと思っていました。

全部を知っているから守れる。
全部を見ているから判断できる。

でも、振り返ると、
それは「守る」より「閉じる」に近かった気がします。

役割分担は、
仕事を切り分けることではなく、
信頼の置き場所を変えることなのかもしれない。

そんなふうに、今は考えています。

この先にありそうな未来

これからも、
迷いながら、調整しながら進むと思います。

AIを使う日もあれば、
使わない選択をする日もある。

ただ、
「全部自分で見なくていい」と気づけたことは、
きっと戻らない。

仕事と、少し距離を保てるようになった分、
人との会話や、考える時間に、余白が戻ってきました。

それだけで、今日は十分なのかもしれません。

結論の代わりに

役割分担も、AIも、
答えをくれるものではない気がしています。

どう使うか、よりも、
どう付き合うか。

もし今、
仕事を手放すことに戸惑っているなら、
その戸惑い自体を、否定しなくていい。

僕は、まだ途中です。
この感覚が、どこへ向かうのかも、分からない。

それでも、
少し呼吸が整った。

今日は、それだけを確かめて、
この文章を閉じようと思います。


補足として。
会議や思考の内容を「覚え続けなくていい」状態をつくることで、
役割を手放しやすくなった感覚もありました。
もう少し整理したくなったとき、
こういった選択肢も、頭の片隅にあっていいのかもしれません。

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