AIを使っても、楽にならなかった理由

AIを使っても、楽にならなかった理由のアイキャッチ画像 02 | AIと仕事

仕事の合間に、
画面を閉じたまま、少しだけ手が止まる瞬間があります。

やることは山ほどあって、
締切も、期待も、ちゃんと目の前にある。
それなのに、頭の中だけが追いついていない感覚。

最近、そんな時間が増えました。


「一気に楽になるはずだった」という期待

AIという言葉を、
仕事で聞かない日はなくなりました。

効率化。
時短。
自動化。

正直に言えば、
僕も「これで少しは楽になる」と思っていました。

文章作成も、要約も、整理も。
今まで時間をかけていたことを、
肩代わりしてくれる存在。

期待を抱くことは、自然だったと思います。


実際に触ってみて、感じた違和感

でも、使い始めてしばらくして、
ふと気づいたことがあります。

思っていたほど、
心は軽くなっていなかった。

むしろ、
「どう使えばいいか」を考える時間が増えて、
選択肢が増えた分、
判断に疲れている自分がいました。

AIが悪いわけではなくて、
うまく言えないけれど、
自分の内側に、少し焦りがあった気がします。


この記事を書くに至った背景

この感覚を、
そのまま流してしまうこともできました。

でも、
「便利なのに、なぜ楽にならないんだろう」
という違和感が、
ずっと引っかかっていました。

忙しさの中で、
新しいツールに期待して、
でも期待しすぎて、
自分のペースを見失っていく。

その構図に、
どこか既視感があったからです。


AIを通じて、僕が考えたこと

少し距離を取って考えてみると、
原因は意外と単純でした。

AIに、
「早くなりたい自分」を預けすぎていた。

本当は、
すぐに変わらなくてもよかったのに。
慣れるまで時間がかかっても、
問題はなかったのに。

AIは、
急かしてくる存在ではない。
でも、
急ぎたい自分が、
勝手に前のめりになっていただけでした。


生活や仕事の中で、少し変わったこと

それに気づいてから、
使い方が変わったというより、
向き合い方が変わりました。

全部を任せようとしない。
完璧な答えを求めない。
今日は使わない、という選択も残す。

すると、
不思議と仕事の手触りが戻ってきました。

速さより、
納得感。
量より、
余白。

AIは、
作業を減らす道具というより、
考え方を映す鏡のような存在なのかもしれません。


過去の経験と重なったもの

思い返すと、
これまでも似たことがありました。

新しい手法。
新しい働き方。
新しい考え方。

どれも、
「うまく使えば楽になる」と言われていた。

でも、
焦って取り入れたときほど、
自分が消耗していた気がします。

結局、
問題はツールそのものではなく、
自分の状態だった。


この先にありそうな未来

これからAIは、
もっと身近になると思います。

きっと、
今よりも自然に、
生活や仕事に溶け込んでいく。

そのとき大切なのは、
どう使いこなすかより、
どう付き合うか、なのかもしれません。

使う日もあれば、
使わない日もある。
頼る場面もあれば、
自分で考えたい場面もある。

その揺れを、
無理に整えなくてもいい。


まだ途中にいる、という感覚

僕自身、
まだ答えは出ていません。

試して、
少し疲れて、
距離を測り直している途中です。

ただ、
「AIのせいじゃなくて、
自分の焦りが重かったんだ」
という独り言だけは、
前よりもはっきり聞こえるようになりました。

もし今、
同じような違和感を感じているなら、
それは遅れているサインではなく、
立ち止まって考えている証かもしれません。

この文章を読み終えたあと、
何かを変えなくてもいい。

ただ、
呼吸が少し整っていたら、
それで十分だと思っています。